わたしを救った「ボーっとする生き方」

え?今、何の時間やった・・・?

ということが、ときどきある。

やることと・やらなくていいことが、
絶妙に混濁しているときだ。

しかし、自分では分かっているのである。

あ、いま、だぶん、
無駄な動きをしているわ
、と。

自覚しているのだから、
すぐに軌道修正すればいいものを。

この、無意味なことをしているときの、
なんとも言えない心地よさに、

ついつい沼にハマってしまう。

他から見れば
”無意味”とか”無駄”
と言われてしまうのだが、

わたしはどうしても、
この「無意味な時間そのもの」に、
意味があるのではないかと思ってしまう。

人生には、ボーっとする時間が必要だ。

毎日が、凄まじいスピードで過ぎていく。

「おはよう」と言ったかと思えば、
もう、ふとんの中である。

人生はそうだ、
「あっ」という間なのだ。

あまりにもせわしない日々なので、
”休む”ことすらも
無理やり入れていかないと、
パタン、と倒れてしまう。

大人になってから気づいたことだ。
みんな、何かに追われているようだった。

朝から晩まで、
脳みそをパンパンにしないと、
”今日”が終わらないらしい。

笑ってしまうよね。

そんな中で大変申し訳ないが、
わたしは逆をいく。

何も考えない。

なぜこんなにも
強調したかというと、

これが人生において、
とっても重要な生きる術だからだ。

何もしていないことほど、
無意味なことはないって…?

いえいえ!

ボーっとすることに
意味があるのじゃ。

この時間があるから、
自分という存在を取り戻せているのである。

すなわち、わたしにとっては
命を救うレベルで大事ってこと。

正しい生き方なんて無いのだから。

わたしはわたしらしく。
あなたはあなたらしく。

生きられればいいの。

生きたいように、
生きればいいの♡

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